真宗 大谷派 存明寺

掲示板の言葉(すべて)

◆今月の掲示板の言葉

自分が変われば 相手も変わってゆく
           (街角の掲示板 2017年8月)

 

お寺にある3か所の掲示板の言葉たちです。
●街角の掲示板⇒通りがかりの人にも伝わるようなわかりやすい言葉を。
●門前の掲示板⇒ここのお寺の活動のテーマとなるような言葉を。
●境内の掲示板⇒経典の言葉や親鸞聖人がのこされた言葉を。

 


 

 


皆誰もが 遺言を残す
 限られたいのちを大切に生きてね
 悔いの残らない人生を生きてね
 瞬間瞬間をていねいに生きてね

食わなければ死ぬ 食っても死ぬ

皆一人ひとりが 瞬間湯沸かし器の
種火を持っている ということです (櫟 暁)

孤独は 人を利用した 報い (調和晃麿)

ハードルは
高ければ 高いほど
くぐりやすい

たった一言が 人を傷つける
たった一言が 人をあたためる

出会いが 人を 育てていく
別れが 人を 深めていく 

 賢いものは 学びたがり
愚かなものは 教えたがる (生涯学習)

高さと強さを競いあって生きているがゆえに
もっと深くて広い世界を願わずにはおられない

がんばらない でも あきらめない

人生における苦しみは
すべて如来の激励である

人は皆誰もが ちゃんと生きたがる存在

失敗なんて あたりまえ

求める心をもつ人は 永遠の若者である

平和のために たたかいが続く なんと愚かなことか 

青・黄・赤・白 それぞれの色 それぞれに輝く
(釈尊 阿弥陀経)

正義は勝つ いつも誰かを 傷つけて
(渡邉 元浄)

弟子の準備ができれば 師があらわれる
(ラマ経 チベット仏教の経典)

いつまでも純真なれ いつまでも未熟なれ いつまでも持続せよ
(大谷大学児童教化研究会に伝承されている言葉) 

若いときは二度ない 同じように 老いるときも二度ない 両方を大切に

わたしたちは 生きようとするいのちに囲まれた 生きようとするいのちである 
(アルベルト・シュバイツアー) 

罪を自覚することだけが 罪を超える道
(仲野 良俊)

宗祖親鸞聖人」は過去の人ではなく 一人ひとりがこれから出遇ってゆく 未来の人なのであります     
(宮城 顗)

教える世界は冷たいが 教えられる世界は温かい 教えられたところから出た言葉は 体温を持つ 体温をもった言葉は 必ず相手を包み 相手に響いていく
(松本 梶丸)

自力とは 自分の努力を誇っていく道です 他力とは 努力できる自分を喜んでいく道なのです    
(宮城 顗)

 

おごそかに ていねいに にぎやかに

むつかしいことをやさしく やさしいことを深く 深いことをおもしろく おもしろいことをまじめに    
(井上ひさし)

自分の悲しみをとおして 人間の悲しみを知る
(宮城 顗)

人間の悲しみをわが身に受けとめ生きていく
(宮城 顗)

涙の出るようなご縁に遇わないと 仏法は響かない
―涙のずるごたるご縁に遇わんばね 仏法は響かんとばい―
(友人の母の遺言)

光を追う人に光なし 光なき人 光を仰ぐ
(藤原 鉄乗)

人間の本当の願いは「通じ合って生きたい」これだけなんですよ
(竹中 智秀)

花咲かす 見えぬ力を春という  人となす 見えぬ力を 仏という
(藤元 正樹)

自らを悲しむ心が やがて生きる力を生み出す
(自作)

 いのちの声を聞く
(東京五組の教化テーマ)

生きるにも 死ぬにも やさしさが要るのです
(『残された時間』 祖父江 文宏)

私は正しい すべての争いの根は ここにある

僕の正義がきっと 彼を傷つけていたんだね
(「Dragon Night」  SEKAI NO OWARI)

出逢った日 恋に気づいた日 結婚した日 別れたいと思った日 子どもを抱いた日 手を離れた日 溢れる涙よ これは幸せな日々 涙の数だけ きっと幸せな日々
(『日々』 吉田山田)

昔は なにもなかったが なにかがあった  今は なんでもあるが なにかが足りない

これでいいの 自分を好きになって  これでいいの 自分信じて 光あびながら 歩きだそう       
(Let It Go ~ありのままで~)

あなたの苦しみは いつか誰かの 慈しみになる

 


 

踏みつけられたひとりの人間を忘れてないか 静かに落ち着いて ひとりの人間を見届けていく 心のこもった勇気がほしい
(宗 正元)

発菩提心というのは つまりこのまま腐って死にたくないということですよ
(竹中 智秀)

辛いとき 辛いと言えたらいいのにな 僕たちは強がって笑う 弱虫だ
(Aqua Timez 「決意の朝に」)

わがままなのです じぶんのことしか かんがえないのです あなたのことを あいしてあいしているのですよ でも じぶんのことしか かんがえないのです それでもあなたを あいしてあいしているのですよ
(「さようなら」 祖父江文宏 2001.10.10 2002.6.1命終)

赤表紙(聖典)と新聞紙の狭間で教学しなさい
(安田 理深)

真宗を学ぶ者の姿勢は 現実と聖典の間に身を据えるということが大事なことだ しかし 私たちは現実と聖典の間に寝そべっているのではないだろうか 間に身を据えるということは 真向いになるということだ 聖典に真向いになり 現実に真向いになることだ
(宮城 顗)

教法からの呼びかけと 現在の課題からの問いかけの交差する一点に 身を置く
(児玉 暁洋)

どれほど道があろうと 自分が登るとなるとひとつです
(平野 修)

貧乏な人とは 少ししかものを持っていない人ではなく いくらあっても満足しない人のことだ
(ムヒカ・ウルグアイ大統領  地球サミット2012スピーチ)

深い悲しみ苦しみを通してのみ 見えてくる世界がある
(平野 恵子)

自力執心があるから 真実信心が生きて輝く
(曽我 量深)

善人ばかりの家庭では 争いが絶えない
(西蓮寺報)

われら一向に念佛申して 佛天のもと青草びととなりて 祖聖に續かん
(信国 淳)

一番よりも尊いビリだってある
(東井 義雄)

真宗を学ぶということは 決して自分を強くするということではありません 自分が強くなるのではなく かえってそのことによって いままでの自分がつきくずされてゆき うちこわされてゆくということでなければなりません いままでいろいろな理屈を学んで強くなっていた自分 そしてまたさまざまに働いて それなりに地盤と自信を身につけていた自分が 念仏の教えをとおして 何もかもつきくずされていくのです
(『この道をいく』  信楽 峻麿)

これからが これまでを 決める
(藤代 聰麿)

空しさ・不安・悲しさ・・・ それらは私を歩ませる促しであった
(自作)

堕ちる地獄は 恐ろしく思えども その地獄をつくる 己の心を知らぬ

 


 

 

以上「掲示板の言葉(すべて)」でした。
随時追加中です。  

 

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 真宗大谷派 存明寺

存明寺の行事ご案内

〇2017年8月26日(土)15時準備 16時開会

青年のつどい(←←←PDF案内文)
内容:法話・紙芝居・ヒップホップダンス
真夏のバーベキュー・スイカ・花火
会費:3,000円(フリードリンク)
※事前予約制です。

 

〇2017年9月9日(土)14時~17時
しんらん交流ひろば★樹心の会
内容:存明寺の子育て支援は、いま
日程:勤行・お話・語り合い 会費:500円
お話:酒井浩美坊守・宇津恭子さん
大谷雅子さん・遠藤まりえさん
※存明寺子育てサロン「いちごのへや」
スタッフと参加者の皆さん

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〇新作「動画 永代経法要」2017.5.17